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東京高等裁判所 昭和30年(う)567号 判決

控訴人 被告人 ヒウ・ダブリユー・マツカレル 外一名

弁護人 秋山要 外一名

検察官 金子満造

主文

原判決を破棄する。

被告人ヒウ・ダブリユウ・マツカレル、同クインテン・ピー・ジエンキンスを各懲役四年に、被告人ロバート・ケイ・アカナを懲役三年に処する。

被告人ロバート・ケイ・アカナに対し、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審証人前田敏雄に支給した分は被告人ヒウ・ダブリユウ・マツカレル、同クインテン・ピー・ジエンキンスの連帯負担とし、その余は被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人三名の弁護人秋山要、同菅野勘助各作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して次のとおり判断する。

秋山弁護人の論旨第一点及び菅野弁護人の論旨第一点について。

原判決が、その理由において、判示第二事実として、「被告人マツカレル、同ジエンキンス両名は共謀の上前記第一事実記載の小原台山中において被告人アカナが丁女を強いて姦淫している間同女の抵抗不能に乗じて前記ジープ内においてあつた同女所有のえんじ色のナイロン製二ツ折財布中から現金四千円を強取したものである」旨を認定判示した上、これに対して刑法第二百三十条第一項の強盗罪の規定を適用処断していることは、所論のとおりであつて、各所論はいずれも、原判決の認定にかかる被告人マツカレル、同ジエンキンス両名共謀による金員奪取行為と、被告人アカナの強姦行為とは、全然別個の行為であつて、この両者の間には、因果関係がないのであるから、本件においては、強盗罪は成立しない旨主張するにより、案ずるに、強盗罪が成立するためには、暴行脅迫と財物奪取との間に因果関係の存在を必要とすること、及び、原判決においては、被告人マツカレル、同ジエンキンス両名が丁女の所持金を強取せんことを共謀したとの事実は、これを認定しているけれども、右両名の金員奪取について、被告人アカナが共謀したとの事実は、これを認定していないことは、いずれも所論指摘のとおりであるが、しかし、原判決書の記載に徴するときは、原判示第二事実におけを被告人アカナの強姦の所為は、原判示第一の強姦行為の一部分であり、右原判示第一の強姦行為は、被告人三名の共謀による共同正犯にかかるものであることが明らかであるから、原判示第二事実において、被告人マツカレル、同ジエンキンス両名が共謀して金員を奪取した際における被告人アカナの強姦行為は、所論主張のような同被告人の単独犯行ではなくて、被告人三名の共謀に基ずく強姦行為の一部であり、被告人三名がその責を負わねばならぬ関係にあるものというべく、従つて、被告人マツカレル、同ジエンキンス両名において、被害者丁女がこの強姦行為によつて抵抗不能の状態にあるのを利用して、同人所有の原判示金員を奪取することを共謀し、且つこれを実行したものとすれば、この金員奪取行為と、右三名の共謀に基ずく被告人アカナの強姦行為との間には、因果関係の存在を否定することはできないものといわなければならない。もつとも、被告人三名が、最初原判示第一の強姦について共謀した際には、その暴行脅迫をもつて強盗の手段にするについての認識も共謀もなかつたものと認められることは、所論のとおりであるけれども、原判決の認定したところは、右被告人三名共謀により強姦行為の継続中に、被告人マツカレル、同ジエンキンス両名において、新たに金員奪取の考えを起こし、右共謀による強姦行為によつて、その被害者丁女が抵抗不能の状態にあるのを利用し、これに乗じて同人所有の原判示金員を奪取することを共謀し、これを実行したものであるというのであるから、右被告人両名に対する関係においては、右強姦行為(暴行脅迫)と金員奪取との間には、相当因果関係が存するものといわなければならない。してみれば、原判決がその理由において、原判示第二事実として、前記のような両名共謀による強盗の事実を認定判示し、これに対して刑法第二百三十六条第一項を適用処断したことは正当であつて、原判決には、この点につき所論のような法令の適用を誤つた違法、又は理由にくいちがいがあるものということはできない。各論旨はいずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

弁護人秋山要の控訴趣意

第一点原判決には法令の適用を誤つた違法がある。

原判決が判示第二事実として認定した事実は、被告人マツカレル同ジエンキンス両名は共謀の上前記第一事実記載の小原台山中においに被告人アカナが丁女を強いて姦淫している間同女の抵抗不能に乗じて前記ジープ内に置いてあつた同女所有のえんじ色ナイロン製二ツ折財布から現金四千円を強取したものである。というのである。

凡そ強盗罪の成立するがためには犯人が財物強取の目的を以て相手方に暴行又は脅迫を加えよつてその反抗を抑圧してその者の所持する財物を奪取することを必要とする。言い換えれば暴行脅迫と奪取との間に因果関係のあることが強盗罪成立の要件である。従つて暴行脅迫と奪取との二個の行為があつたとしてもその暴行脅迫が奪取の手段として行われた場合でなければ強盗罪は成立しないのである。大審院判例に、他人に暴行中、暴行を手段とする意思なくして偶々相手方がその場に落した財布中より金員を抜き取りこれを不法に領得するときは窃盗罪を構成するものとす(大審院昭和八年(れ)第三二六号同年七月十七日判決)とあるはすなわちこの趣旨を明かにしたものである。

原判決の判示事実によれば、被告人マツカレル同ジエンキンスの両名が丁女の所持金を強取せんことを共謀したとの事実はこれを認定しているが、右両名が右の金員強取についてアカナと共謀したとの事実は認定していないのである。従つて原判決にアカナの強姦の行為と被告人マツカレル及同ジエンキンスの金員奪取の行為とは全く別個独立の所為であると認定したこととなるのである。さすればアカナの強姦の行為と被告人マツカレル同ジエンキンス両名の金員奪取の行為との間には因果関係を欠くこととなるのであるから右両被告人に対しては窃盗罪を構成するは格別、強盗罪の成立すべき謂われはないのである。もし原判決の認定が、相手方が他人に強姦されて居るために抵抗をなし得ない間隙に乗じてその相手方所有の財布中から金員を奪取した場合はたとえ強姦の行為者と金員奪取者との間に意思の連絡はなくとも強盗罪が成立するとの解釈に基いたものであるとすれば、それは全く法律の解釈を誤つたものといわなければならない。もしかくの如き解釈が許されるならば、例えば相手方が第三者と喧嘩をしている機会に乗じて相手方が附近に置いてあつた鞄の中から金員を抜き取つたとして、その場合相手方が金員を抜き取られる事実を目撃しながらも第三者のため組伏せられているためその金員抜取行為に対して抵抗を為し得なかつたというような事実に対しても強盗罪を以つて論じなければならないことになつて誠に不合理の結果を招来することになるであろう。

以上を要すにる原判決は窃盗の事実を判示しながらこれに対して強盗罪の法条を適用したものであつて、法律の適用を誤つたもるであり又従つて理由にくいちがいを生じた結果となつたものであるからこの点において原判決は破棄を免れないものと信ずる。

弁護人菅野勘助の控訴趣意

第一点原判決は第二事実において、被告人マツカレル、同ジエンキンス両名は共謀の上前記第一事実記載の小原台山中において被告人アカナが丁女を強いて姦淫している間同女の抵抗不能に乗じて前記ジープ内においてあつた同女所有のえんじ色ナイロン製二ツ折財布中から現金四千円を強取し、と判示認定した、然れども仮に判示の如く丁女が被告人アカナに姦淫されている間に被告人マツカレル、同ジエンキンスが判示の如く金員を私に盗み取つたものとしても、被告人アカナの姦淫が、被告人マツカレル、同ジエンキンスと強盗の目的を以て共謀の上行われたものでない、被害者が第三者によつて姦淫されている間隙に被害者の財物を窃取したことによつて強盗の罪が成立するものではない、この場合被害者の抵抗不能が被告人マツカレル、同ジエンキンスの加えたる暴行脅迫の結果でないからである。従つて本件は仮に被告人マツカレル、同ジエンキンスが被害者の財物を奪つたとしても姦淫なる暴行脅迫が被告人アカナの単独で為したる害悪行為であるからこれと前記被告人等の窃取とに何等の因果関係がないのであるから強盗罪の成立は認められない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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